恋愛コトバ

恋愛のおまもりのコトバ


恋愛のおまもりエッセイ
「かっこつけたい生きもの。」
一般論ってことで片付けちゃうのではなくて、きっと、あなたが好きな人も少なからず、そういう一面があると思います。いくら、さらけ出しあってるつもりでも、いくら自然体な二人の関係だとしても。本気であればあるほど、やっぱり自分を良く見せたいのです。叶わないかもしれない、高嶺の花みたく思えてるからこそ、背伸びしたり、着飾ったりするわけです。そもそも、お互いさまかもしれないのだけれど。でも、冷静な自分もどこかにいたりして、バレてるかもしれないことも、知ってるんです。でも、かっこつけてる瞬間は気づかない。後になって、ふと我に返ったときに、思わず苦笑いしたり、知らず冷や汗かいたり。演じても演じても、それには必ず限界がありますからね。身勝手な言い分だけれども、そこをひとつ、包み込んでほしいんですね。蔑んだり、バカにしたり、してほしくないものです。多くのオトコ心の持ち主たちは、いつもいつも、やさしい何かに包まれて、安らげることを望んでいます。
「勝ち目あるのか。過去へのヤキモチ。」
好きな人の過去って、気になりますよね。それはオトコでもオトメでも変わらりないのかもしれません。かなり気になるはず。どちらも自分のことは棚上げで、ひとり落ち込んだり、不安になったり。「好き」が大きければ大きいほど、過去へのわだかまりは解けにくい。くれぐれも、自分のことは棚上げです(笑。その人は、どんな相手だったのか。その相手の前で、どんな表情をしていたのか。どんな会話をしていたのか。どんなSEXをしていたのか。どれだけ愛していたのか。えとせとらえとせとら、えとせとら。考えたところで、出るはずもない答え。争ったところで、勝ち負けなんてありえなくて、自分の首、いや二人分の首を絞めているようなものなのですね。むしろ答えは出ているはずなのに。それにすら気づけないほど、「好き」なのですね。やっぱり、”きっぱりさっぱり”とは、いかないのです。冷静になって考えてみると、過去は過去。あたり前ですが、戻ってはきません。手放しで、過去を好きになることは、きっと無理。過去を含めたその人を好きになる?うーーん、それも美辞麗句。それよりも、見るべき方向があるのですね。それは、新しくて明るい方角。ふたりともいつもおなじな時間。これから、いまから、つまり未来。その人の未来であり、その人との未来を。それはたぶん、考えれば考えるほど、うれしくなる。楽しくなれる。そして、もっともっと、その人を、二人の未来を好きになれる。あなたが求めている風景。それは過去にない、未来にあるのですね。その人の過去を受け入れようとするよりも、ただただ、二人の未来を好きになれるか、どうかなのですね。
「オトコだって忘れる天才」
古い言葉で「オンナ心と秋の空」っていうのがありますが、これオトコ心にもいえると思うんです。気がついたら、忘れてる。いやな思いをしたこと。すごく、好きだった人がいたこと。ものすごく、嫌いな人がいたこと。つらい経験や、悲しいできごとは、いつだって突然に訪れる。楽しければ、楽しいほど、ノー天気にガハガハ笑う。だけど反面、そんな上昇気分からどん底に落ちたら、泣くほど痛いし悲しいし、泣きじゃくる。でも、思い出してほしいのは、その涙が止まらないわけじゃないってことなのです。たとえば3日3晩、まくらを濡らしつづけても、4日たったら、またガハガハやってる。そんなもんなのです、僕らって。いらないものは、どんどん忘れて、残したいものだけ、ココロの片隅に。なんだか身勝手かもしれないけど、それは、それでいいと思うのです。だからもし今、嫌だな、辛いなと、泣いてたとしても、そんなに心配しなくていい。そんなこと、いつかきっと忘れてしまう。もっと楽しいことが起きる、そのための準備を。忘れたことは、思い出さなきゃならないときにだけ、思い出せるような仕組みになっています。そして、そのときに、泣いたり笑ったりすればいい。神さまがくれた、かけがえのない才能。僕らは、忘れることの天才なんです。楽しいことだって、悲しいことだって、幸か不幸か、薄れていく。そのことを明日から忘れないでいたいものです。
「子供なオトコを理解して。」
「アホやなあ。」「ダメやなあ。あ〜〜あ。」だなんて、あなたの行動とか言動とか失敗とかに、ついつい失礼きわまりない声を投げつけてしまう。当然、あなたは怒ります。そして、それに便乗して、僕も怒りを上塗りする。怒り合う、気まずくなる、黙秘する・・・。少し時間をおいてから、言わなきゃよかったなあ、なんて心の中で、たっぷり反省してみるものの、まずもって口には出さず、顔にも出さず。おまけに、やっぱり時間が経ちすぎてしまうと、反省の心を忘れてたり、何の理由もなく居直ったり。素直に想いを伝えればいいだけなのに、照れたり恥ずかしがったりで、回りくどい言い方をしたり、ウラ腹な言葉を並べてしまったり。本当は、たぶん愛おしいくせに、まるで子供みたいに、本心とは真逆のことを伝えてしまう。誤解されちゃうこととか、傷つけちゃうこととか、そういう女心を、ちゃんと気づかわなくちゃなのに。「俺の方こそ、ダメやなあ。あ〜〜あ」ってな感じに、ひとり反省会を開催することもあるのです。気づいてないわけじゃないんです。こんな馬鹿を、好きでいてくれる人なんて、そう簡単には巡り会えません。自分みたいなオトコを好きでいてくれる、同じく馬鹿なあなたが好きなのかもしれません。つまりはなんだか、Mなのですかね。
「本能で知ってる、デアイ≧ワカレ。」
出会いより多い、別れはないのですね。それを本能的に知っているから、どんどん出会いたいわけです。いつもいつも出会い足りない。数えきれないくらいの、はじめまして。そして、忘れられない、さようなら。ひとつひとつの出会いのなかで、いくつもの正解や不正解をくり返しながら、少しずつ、いい点をとれるようになって、次の、あたらしい難問に挑んでいく。それは、時間や経験を重ねていくとともに、大人になった僕らへの宿題。出会うために、生きている。だから、会えなくなって、泣きじゃくるんじゃなくて、出会えたことに、感謝したいのです。自分は、とてもラッキーだったと。その人(あなた)に会えて、運がよかったと。幸せは、次の幸せをよぶものだし、別れは、新しい出会いを生むものだから。それを本能的に知っているんだと思いたいですね。
「謝られる前に、謝りたいのに。」
イライラしちゃって、素直になれない場面。数え切れないくらいあって、少し時間がたってから、自分のおろかさに気づいて赤面することもよくあります。友達なら、また違う反応をするかもしれません。けっこう穏便に事なきを得てるかもしれない。素直に謝ればいいのに、キモチを伝えることが大切なのに、わかっていながら、わかってない(笑。だから平行線どころか緩やかに下降していく。あなたを好きなキモチを、ただ思い返せばいいだけなのに、相手に甘えてしまうのです。あなたの、その優しさや、その素直さに。そして、何よりも弱い自分に。一秒でも早く、告げるほうがいい。ケンカするほど仲がいいなんて、都合のいい後のまつりごと。どんな瞬間だって、ちゃんと信じて繋がりあえて、思い合えているほうがいい。そんな大切なことを、すっかり忘れてしまうのです。ちょっと、ひと息入れて、思い出して、あらららら、って。「ほんとうに、ごめんなさい。」
「なりたいけど、なりたい素直」
恥ずかしがったときの、照れ笑いとか、顔を赤くすることとか。あなたのそれは、僕にとっては、好都合であって、嬉しすぎることなのです。もちろん、こっちも照れるから、表情や態度だけでは、わかりにくいと思うけど、さらけ出してくれてることが、とっても幸せを色づけてくれて、与えられる喜びみたいなものと、与えていられる喜びみたいなものを、同時に感じられるのですね。たとえば手つないだり、たとえば目をとじたり、たとえば声をだしたり、急に抱きしめられたり、急に甘えてきたりしても、それは迷惑なんかじゃなくて、迷惑がってるフリに見えるだけで、ほんとうに、嬉しいことなわけで。素直になりたいなあ、 素直になってほしいなあ。って、わがままかなあ。
「見透かしたつもりで、見逃して。」
「だいじょうぶ?」って聞いたとき、あなたは必ず「だいじょうぶ!」と返じます。その「だいじょうぶ」が、 本当は”だいじょぶじゃない”ことくらい、しっかりお見通しのつもりなのです。だから、強がったり、意地はったりせず、辛いときは、辛いって、淋しいときは、淋しいって、言ってもらえたほうが、僕としては、やっぱり、「だいじょうぶ」な気分になれるんです。あなたの変化を手に取るように、わかってるつもりだったりするけれど、見逃してる多くの兆しに目を向ける、小さな合図を見せてくださいな。無理させることじゃなく、自然にがんばりたいと思わせられるんです。あなたがいるだけで。
「駆引なんて見えない純粋。」
イヤよイヤよも好きのうち? あなたの告げているコトバは、どっちが本当なのでしょうか。いまいち信用できないものです。イヤだといわれてるのに、一方的に突き進むには、とても勇気がいることです。場合によっては褒められた行為じゃ、ない場合ととられることもあります。本当にイヤがってたら、傷つけてしまったらどうしよう。徹底的に嫌われてしまうことも。そんな風に考えることもあります。モテモテ君のキモチはわかりませんが、ほとんどのオトコは若干ビクビクです。常に。たぶん気軽に拒否したつもりが、結構えげつなく胸に刺さったりして。好きになれば好きになるほど、わからないのです、ほんとのキモチ。駆け引きなんてできるわけなくて、あるはずのないワナに怯えながら。わからないまま好きになる。わからないから好きになる。あなたが思うの以上に。
「現在進行命令形」
くれぐれもあなたから謝られる筋合いはないのですね。そんな自分で、申し訳ないだなんて、思わないでほしいのです。いや、思うな。命令です。過去を悔やむより、未来を嘆くより、今を、まず変えていく。今を、めいっぱい生きる。あなたなら、きっとできる。僕がいるから、かならず叶う。ふたりだから、続くのです。それを僕は知っています。あなたを僕は知っています。気づいてないかもだけど、こっそり包んでいます。だから、これからも、ずっとずっと、そばにいてくださいな。僕の今を好きでいてくれること。何よりもしあわせなわけ。
「ソフトであれ、ハードであれ」
僕としては誠心誠意、そうっと、そうっと、大切に扱っていたつもり。でも、それはかえって逆効果で、安心して過ごしてるうちにあなたを傷つけてることもある。あげくのはてにはやがて、ポロポロと崩れさせちゃうこともある。たぶんあなたが欲しいのは、ときに思いっきり、チカラ強く、ときにめいっぱい、やわらかく。いろんな形した、僕のめいっぱい。大切にするにも、いろいろある。
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「従順でなく、柔軟に近い。」''
あなたは何ひとつ、気にしていないとしても、実は細かなことも気になります。たまには悲しい顔を見せることだってあります。でもそれは、あなただから。僕を悲しませるのは、それはあなたしかいません。この世でたった一人です。慰めてほしいわけでも、労ってほしいわけでもなく、ただ、そういうキモチがあることを、知ってくれてたら、知ろうと願ってくれたら、ほんの少しかもしれないけど、やわやわな心が強くなるのですね。あなたは世界で唯一、僕を悲しくさせる一人であなたは世界で唯一、僕を幸せにできる一人で。
「忘れたフリです全部。」
いろんな記念日とか、いろんな想い出とか。あなたとのことは、ほとんど覚えているのです。ほんのちょっとしたことを、覚えて刻んでいるのです。あなたと同じように、もしかしたらあなた以上に、小さな記憶に喜んでは、小さな想い出を慈しんでる。なぜかしらって、カッコ悪いじゃないですか。忘れてるわけじゃないのです。忘れてるフリしてるだけなのです。あなたが忘れてるような、小さな小さな想い出を、ひとつずつ大切にしてるのです。
「いつまでもどこまでも。」
二人といえ、人は一人。仕事したり、遊んでたり。二人じゃない時間もあります。二人じゃない場所もあります。そういうとき、忘れてるわけがないわけで、そういうところで、思い出さないわけないわけで。いついかなるときも、いついかなる未来にも、このキモチ変わらず重ねて、末永く続いていくのです。何があろうと、何もなかろうと。ここぞとばかりに。あなたを好きな僕として、すべての瞬間、生きている。
「強くなるほど隠れてく。」
たくさんの誰かのキモチが、手に取るように見えたとしても、関係ないわけです。あなたのキモチを、あなただけの想いを、しっかり掴まえて、わかることができないのなら。そんなエトセトラは無意味。本当に、ときどき、見えたよな気はするのです。分かり合えたと勘違いするのです。大切な人のキモチですから。でも、わかっていくのです。気づいてしまうのですね。さらさら、自分が何もわかっていなかったことを。独占欲がはたらいて、プライドが顔をだして、淡い想いが邪魔をして、大切な、大切な、あなたのキモチは、どれだけ目を凝らしても影も形も見当たらなくて。つよく願えば願うほど自分のことしか、見えなくなる。
「赦か否か。」
たまには怒ったりもします。もちろん原因は、あなたなわけで。昂ぶった感情を、すやすや鎮めることはそう簡単なことじゃない。どれだけミジメな姿をさらして請うたとしても。どれだけ真摯なナミダを、流しつづけたとしても。そんな簡単なことじゃない。もう二度と、いや絶対に、なんて思い上がる始末です。でも、どうしてでしょう。やっぱり、好きなのです。赦すでも、受け入れるでも、諦めるでも、変わるでもなく、それらを越えた、二人だけの場所で。
